2017年4月19日水曜日

人民新聞4月15日付け記事「自主避難は自己責任」…#フクシマ☢惨事被災地戒厳令

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郡山から

「自主避難は自己責任」…
フクシマ☢惨事被災地戒厳令

福島県郡山市在住 井上利男


のっけから私事で恐縮だが、筆者が連日、自動アップロードしているツイートがある――
 今村雅弘復興大臣が4月4日の記者会見でフリージャーナリストに避難者の苦境に対する国の責任について質問され、「(自主避難は)本人の責任」、「裁判でもなんでもやればいい」などと言い放ち、あげくの果てに記者に対して「出て行け」などと怒鳴ったのを、暴言として主流メディアも報道した。だが、これを単に大臣の浅はかな資質による一過性の暴言で済まされるだろうか?

東日本大震災から2か月後の2011年5月、筆者は知人の知人による依頼を受けて、郡山の市街地から関東方面に避難する家族の家片付けを手伝ったことがある。軽乗用車に不用品を積み込んで、一般廃棄物処理場に何回か運搬したのだが、その日の作業終了時の挨拶で、「皆さんが郡山で頑張っているのに、わたしたちだけが逃げるようで、申し訳ない」と詫びを言われたのだ。「子どもが同居していれば、わたしだって逃げますよ」と筆者は返した。

実を言えば、わが家も3月13日、原子炉3基が冷却不能になった東京電力福島第一原発だけでなく、第二原発の状況も不安定になったという情報に恐怖を覚え、群馬県に緊急避難していた。生活の都合もあり、避難は10日間だけで切り上げたが、その間、郡山市は市内ほぼ全域、水道が断水しており、市民は連日、一家総出で各地の公園の給水所で長い列に並んでいたのである。そのとき、フレッシュな放射能のプルームが頭上を通過していたが、その情報は極秘。

安倍晋三首相は8日、今村復興大臣を伴って福島県を訪問し、「私からも率直におわびを申し上げたい」と大臣の暴言を陳謝したが、南相馬市でドローンの操作を体験したり、富岡町で町民の帰還が始まったことを祝う「復興の集い」に参加し、「復興を一層加速させていく」と約束したりした首相は、箱物復興や「風評払拭」スローガンを実感していても、果たして「人間の復興」が眼中にあるだろうか?

日本経済新聞の4月10日付け記事によれば、福島県の内堀雅雄知事は安倍首相が謝罪したことについて、「これは重く受け止めるべきだと考えている」と話したそうだ。野党による復興相辞任の要求に関しては「復興庁、政府として、福島の復興・再生に誠意をもって力を尽くしほしい」と述べるにとどめ、今村氏と政府の責任を追求する姿勢を一向に示していない。

その内堀知事は2月のこと、住宅支援打ち切りの撤回を求める自主避難者らの直訴状を手渡そうとした支援者たちの前を無言で通り過ぎ、記者会見で「組織全体で丁寧に対応する」と語った。復興庁に「復興応援大使」を嘱託されたリオ・オリンピック男子体操金メダリストの内村航平氏や農協キャンペーンを担うピーチガールズには喜んで面会するのだが、窮状を訴える被災者は「復興キャンペーン」の邪魔でしかない。

明治の富国強兵政策による足尾鉱毒事件から戦後の公害・薬害訴訟まで、この国では政府や事業者が自らの責任を進んで認めた例はない。その極端な事例が、フクシマ核惨事の軍事・警察力の形では目に見えない被曝地戒厳令状況なのだ。だから、意識・意志的に見抜かなければならない。

原発いらない金曜日!郡山駅前フリートーク集会世話人。ブログ:原子力発電・原爆の子。ツイッター:@yuima21c



【追補】4月22日付け毎日新聞オピニオン欄


エコロジスト誌「偽りの約束 ~核発電の過去と現在、そして(存在しない)未来」

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偽りの約束
~核発電の過去と現在、そして(存在しない)未来

デイヴィッド・エリオット David Elliott
2017412

核発電はもともと虚言で売り込まれたと、デイヴィッド・エリオットは書く。核発電は「電力計で測るのも不要なほど安価」な電力を生産すると言い聞かせられたが、内部の事情通は従来型の発電方式より少なくとも50%は高くつくことを知っていた。その後、核のコストは上昇する一方であり、再生可能エネルギーの価格は急激に下落している。そしていま、核の巨大産業は崩壊しようとしている…それも、決して早すぎとはいえない。

偽りの約束…ウェールズ、アングルシーの暗闇に輝くウィルファ2核発電所。
Photo: Adrian Kingsley-Hughes via Flickr (CC BY-NC-ND).

ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は195312月の国連演説で「核の平和利用」計画を提唱し、次のように述べた――

「この奇跡のような人類の発明を、人類滅亡のためではなく、人類の生命のために捧げる」

アイゼンハワーは、「核エネルギーの平和利用は、将来の夢ではないと考えている。その可能性はすでに立証され、 今日、現在、ここにある」と主張した。そして、米国は核が世界的に使用可能になるように支援すると述べた。

しかし、大統領の顧問たちは、これは実行不可能であると進言した。19541月に配布された国務省の機密内部報告書、「諸外国における原子力の経済的含意」は次のように警告した――

原子力の導入は「…一般的に信じられているようには、豊かさと目覚ましい経済発展の新時代の先導役とはならないだろう。核発電所は従来型の熱火力発電所に比べて、運転費が2倍、建設・装備費が50パーセント増しになるかもしれない」(『19531955年の外交史』405948974頁「核の緊急課題~核の平和利用と核輸出に関する米国の政策の展開」[The Nuclear Imperative: Atoms for Peace and the Development of U.S. Policy on Exporting Nuclear Power, 1953-1955 Diplomatic History 40 Issue 5 948-974]におけるモラ・ドロガンによる引用)

それなのに、核のお祭り騒ぎは繰り広げられ、米国原子力委員会のルイス・ストラウス委員長は1954年に科学作家に向けて講演し、次のように語った――

「われわれの子どもたちの世代が自宅で、電力計で測るのも不要なほど安価な電気エネルギーを享受するようになるといっても、言い過ぎではないでしょう」

米国と、それに続く英国、フランス、ロシア、日本は核エネルギー――新規発電所および新規研究プロジェクト――に莫大な資金を注ぎ込んだ。

核エネルギーにおけるマーフィーの法則?

だが、ものごとは常に計画通りに進んだわけではなかった。たとえば、米国の実験炉現地で事故が連発し、1961年にはアイダホ州のSL1プロジェクトで爆発事故が起こり、3名の運転員が死亡しており、そのうちの一人は燃料棒で天井に釘付けになっていた。

次いで1966年、デトロイト近郊のフェルミ高速炉が燃料メルトダウンに見舞われ、1979年には、スリーマイル・アイランドの加圧水炉(PWR)が放射性ガスを空中に放出することで、かろうじて大規模な水素爆発を免れた。この事故は米国で核の成長が終わるきっかけになった。この数百万ドル規模の発電所は閉鎖を余儀なくされた。反対が高まった。新規発電所、新規発注はご破算になった。

そして1986年、ウクライナでチェルノブイリ核惨事が勃発し、放射性降下物がヨーロッパの大半に拡散した。それが新規発電所発注の世界的メルトダウンにつながった。

だが、問題は事故だけではなかった。核の貧弱な経済性が――もっと安価な代替発電が現れはじめて――ますます明白になった。核発電は――たとえば、英国で安価なガス発電と競争にならず――高くつきすぎることがはっきりした。かつての英国原子力公社総裁、ウォルター・マーシャル卿が、英国中央電力庁長官だった1987年、次のようにいったとおりである――

「英国民は、われわれが原子力で常に約束していた安上がり電力を享受したことなんて一度もなかった。安価な電力は『明日はジャムだが、今日はジャムじゃない』の事例であったし、そうでありつづけるだろう」
[訳注]ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』より

だが、英国の政治家連中にとって、核の夢は潰えない

だが、それでもマーガレット・サッチャーはサイズウェルの新規核発電所(PWR)計画の推進を断念せず、同事業は1987年に着手された。あるいは、トニー・ブレアは後に新規計画を「執念をもって」再開しようと試みた。これはまだ実現していない。それでも、2400万ポンド相当のヒンクリー・ポイントCヨーロッパ型加圧水炉(EPR)として保留中であり、これが実現すれば、英国で30年ぶりの新規核発電所になる。

2011年のこと、フクシマ核惨事が勃発して、世界的に核計画の動きが鈍化し、億ドルもの負債が生じた。だが、英国はおそらく18ギガワット――2030年代の英国の電力供給量の30%内外――に達する新規核発電を開発する計画を推し進めた。

この増産は、基本的に第2世代PWRの改良型であり、現状では核発電の頼みの綱である設計と同じ、いわゆる「第3世代」炉を基盤にしている。新型といえども、安価なガスやますます安価になる再生可能エネルギーに比べて、競争力があるとはいえそうもない。

核産業界は、フランスのEPR、東芝・ウエスチングハウスのAP1000、日立のABWR――フクシマの沸騰水型炉の改良型――にいまだ望みを捨てていない。

だが、フランスとフィンランド、すなわちフラマンヴィルとオルキルオトで建造中のEPRは両者とも工期が8年ほど遅れており、予算が3倍も超過している。フラマンヴィルの巨大なステンレス鋼製の反応炉容器とドームもまた深刻な冶金学的欠陥を抱えており、その完成が危うくされるかもしれない。

米国で建造中のAP1000型炉2基もまた工期が遅れており、そのために100億ドルを超える損失が生じて、ウエスチングハウスを破産に追い込み、その親会社である日本企業、東芝も末期的な財政メルトダウンになるかもしれない事態に陥っている。米国で建造中である2基のABWRもまた工期が深刻なほど大幅に遅れている。

4世代反応炉が解決策になるか?

これらの問題を前提として、「第4世代」設計炉を概観してみよう。これは基本的に、米国とその他の国ぐにで、1950年代、60年代、70年代に見受けられた――そして実用にならないとして、あるいは事故のあと、放棄された――古い設計炉の新型である。

4世代設計炉には、高速中性子プルトニウム増殖炉、高温炉(HTR)、トリウムを燃料に使うという溶融塩炉(MSR)、小型化するという小型モジュール炉(SMR)がある。

過去からのメッセージには頼れない。たいがいの国(米国、英国、フランス)は1980年代と90年代に高速増殖炉を諦めた。日本もいま、断念している。英国は1960年代、ウィンフリスのドラゴン計画でHTRを試験した。ドイツと米国もやってみた。米国はまた、1960年代になんらかのMSR技術を試験し、トリウムを燃料として試してもみた。SMRも試験済みである。

これらの思いつきは、コストが大幅に膨れ上がり、技術的困難が次つぎと持ちあがったため、どれひとつとして先に進めることができなかった。だが、業界は、これら古い設計の新たな変種は改良され、安上がりで安全になると言い張っている。

しかし、フランスの核関連機関、IRSN[放射線防護・原子力安全研究所]は第4世代オプションを評価して、現在の開発段階では、「おそらく高温炉を除き、審査したシステムのいずれも、第3世代炉に比べて著しく改善された安全性水準を呈示している」証拠が見受けられないと――さらには「設備単位あたり出力を大幅に制限する」必要があるとすら――述べた。

米国原子力規制委員会の前委員長、HTRについて、「前向きな方向性を示す過去の経験が見当たらない」と語った。

彼女はまた、次のように指摘した――

高速増殖炉は「建造コストが非常に高くつく技術であることが判明しました。多くの国ぐにが何度も何度も試してみました。非常に印象的なのは…多くの国ぐにの政府が明確に失敗している技術に資金を手当てしつづけていることです」

核エネルギーはますます高上りになり、再生可能エネルギー価格は急落する

これら提案のいずれかがものになるとすれば、明らかにコスト削減は必定である。これは、小型モジュール炉(SMR)について語られた主張のひとつなのだ。SMR工期が短く、したがって資金調達が容易になる可能性がある。住民が市内または近郊にSMRを受け入れてくれるとすれば――SMR廃熱を活用して、市街地区域に熱を供給することができるだろう。

だが、その可能性はあるのか? SMRが安上がりになることは、非常に疑わしい。EPR1.6メガワット)、ABWR1.6ギガワット)、AP10001.25ギガワット)のように、民生用核発電所が常に大型化した理由は、「規模の経済」の利点を確保することにあり、小型化していけば、これが失われる。

おまけに、もちろんのこと、SMRに「新規」なことは全然なく、じっさいのところ、これは歴然とした成熟技術なのだ。SMRは数十年来、軍用の潜水艦や艦船に何百基も装備されてきた。民生用核発電で決して使われなかった理由は、単純だ――高くつきすぎる! さて、いまさら変えようなんて、正しくどういうことだ?

いずれにしても、第4世代提案はすべて、商用化の実現に向かうまで、10年か20年、あるいはもっと早い。再生可能エネルギーが1980年代に直面していた状況と同じである。再生可能エネルギーは――とりわけ風力と光起電ソーラーは――壁を打ち破り、いまでは実用化している。第4世代核反応炉は同じ道程を辿れるだろうか? あるいは、第5世代――核融合――の実現まで待つ必要があるのだろうか? あるいはまた、これら核の提案のどれであれ、本当に必要なのだろうか?

再生可能エネルギーは核を全面的に凌駕し、コスト面で下回り、年間世界電力供給量総計で2倍を超えている。再生可能エネルギーは目下、世界電力量の24%を供給し、なおも急速に成長しており、それに対して、核による供給量は11.5%でまったく動いていない。

再生可能エネルギーは多くの国ぐにで、2030年までに50%に迫る途上にあり、たぶん2050年までに100%近くになるだろう。資源は莫大であり、ウラニウムやトリウムと違って、決してなくならならず、また長期にわたって有害な廃棄物を遺すこともない。これこそ、われわれにとって最善の未来であると見受けられる。

【筆者】

Dave Elliott
デイヴィッド・エリオットはオープン大学技術政策講座の名誉教授であり、再生可能エネルギー政策分野で活動。

著書:デイヴが物理研究所のために書き下ろした新刊書“Nuclear Power: past, present and future”は、長期にわたり仰々しく展開した核の物語を詳細に検討し、完全な出典目録を付している。今月(20174月)中に出版の予定。

既刊書

【クレジット】

The Ecologist, “False promise: nuclear power: past, present and (no) future” by David Elliott, posted on April 12, 2017 at;


2017年4月15日土曜日

『#救援』4月10日付け寄稿【郡山通信】#フクシマ☢惨事6年目~避難指示の一斉解除



国家権力による弾圧に対しては、 犠牲者の思想的信条、 政治的見解の如何を問わず、 これを救援する。


郡山通信

六年目のフクシマ
避難指示の一斉解除

フクシマ核惨事から六年、三月三一日午前〇時を期して飯舘村、浪江町、川俣町、翌四月一日午前〇時を期して富岡町、それぞれの避難指示解除準備区域が開放された。この「一斉解除」で、「放射線量が非常に高い(二〇一三年時点で年間積算量五〇ミリシーベルト超)レベルにあることから、バリケードなど物理的な防護措置を実施し、避難を求めている区域」とされる東京電力福島第一核発電所の事故現場を中心に北西方向に伸びる「帰宅困難区域」を除く全域の避難指示が解除され、万人の居住と自由往来が許されることになった。
たとえば、飯舘村では三一日午前、内堀雅雄福島県知事、原子力災害現地対策副本部長、内閣府「原子力被災者生活支援チーム」支援調整官などを来賓に迎え、村主催の「いいたてむら・おかえりなさい式典」が賑々しく開かれ、菅野典雄村長が「復興に対する国の強い想いも分かりました。県のありがたい御支援もいただきました」と述べるとともに、「解除がゴールではなく、ここからが復興のスタート。村の自主・自立の精神と復興への志を改めて高めていきたい」と決意を表明、村民代表二名が「子どもが自然の中で遊び、年寄りが畑で笑っていて、若者が恋を語る。かつての村の姿を、私たちは一歩一歩取り戻していきます」と宣言した。だが、一月に復興庁などが実施した村民意向調査によれば、「村に戻りたい」と回答したのは、将来的な希望を含めても三四%に過ぎず、それも高齢者中心であることはいうまでもない。菅野村長は「これからは村に戻って来た人たちの支援に(行政の)比重を切り替える…」と〝宣言〟したそうだ。

また、福島県内有数の桜の名所、富岡町の夜の森地区では一日、桜並木のライトアップが七年ぶりに復活した。ただ、桜並木の八割は帰宅困難区域に含まれており、人通りもない並木道に「点灯」宣言が虚しく響くのみである。
同じ富岡町では三〇日、〝公設民営〟商業施設「さくらモールとみおか」が全面開業し、先行営業していたホームセンター「ダイユーエイト」や食堂三店舗に加えて、スーパーマーケット「ヨークベニマル」とドラッグストア「ツルハドラッグ」が開店した。同町では帰還する町民は避難指示解除対象人口の数%と目され、原発の廃炉作業員らの利用も見込んでいる。

避難指示解除の要件は、除染などによって年間被曝線量が二〇ミリシーベルト以下になると見込まれること。わが国における「電離放射線障害防止法」にもとづく一般人の年間被曝許容限度は一ミリシーベルトであり、この法治国家を僭称する国で、法のもとの不平等、ダブル・スタンダードがさほど疑問視されることもなく通用しているのだ。避難指示解除とともに、賠償金などは打ち切られ、とりわけ〝自主避難者〟の唯一の頼みの綱、住宅の提供は今月をもって終了する。

すべて、他人事なのだろうか。ここ郡山市でも疑問や怒りの声はほとんど聞こえてこない。市街地のあちこちの庭の隅などに、除染廃棄物が積み置かれたまま放置されているというのに……県内の子どもたちの甲状腺癌とその疑い例が一八五人に達し、郡山市内だけでも四二人になるというのに……

(井上利男。「#原発いらない金曜日!」郡山フリートーク集会世話人。ブログ「#原子力発電_原爆の子」。ツイッター:@yuima21c



2017年4月13日木曜日

【星条旗新聞】朝鮮半島で高まる緊張~米空軍核探知機が沖縄に到着


朝鮮半島で緊張が高まるなか
米空軍核探知機が沖縄に到着

マシュー・M・バーク MatthewM. Burke 角田千代美 Chiyomi Sumida
星条旗新聞 2017412

【沖縄、キャンプ・フォスター】朝鮮半島で緊張が高まるなか、核爆発装置の炸裂のあとの放射能を帯びた破片の検出に特化した米軍機が沖縄に到着した。

空軍機WC-135コンスタント・フェニックス――通称、ニューク・スニファー(核探知機)――が先週金曜日(47日)の夕刻、嘉手納空軍基地に到着したと、嘉手納空軍基地における軍用機の往来を監視している沖縄住民、久場悟(くばさとる)が語った。

空軍機WC-135コンスタント・フェニックス――通称、ニューク・スニファー(核探知機)――が先週金曜日(47日)の夕刻、嘉手納空軍基地に到着したと、嘉手納空軍基地における軍用機の往来を監視している沖縄住民が語った。SATORU KUBA/SPECIAL TO STARS AND STRIPES

星条旗新聞が入手した写真は、同基地の滑走路に同機が停止しているのを示している。

嘉手納に駐留する空軍第18航空団の広報官はコメントを求められても直ちに対応しなかったし、日本の防衛省も報告を直ちに確認しないであろう。

しかし、日本経済新聞の水曜日(12日)付け記事によれば、自衛隊の高官が同機の到着を認めた。

北朝鮮が2006年に地下核爆発装置を炸裂させて以来、ペンタゴンはしばしば、2機ある空軍WC-135航空機のうち、1機をアジア太平洋区域に配備してきた。ワシントン・ポスト紙によれば、同機はまた、2011年に福島第一核発電所のメルトダウンのあと、日本の上空を飛行していた。

改造型C-135B航空機は外付け流入装置を用いて、空気試料と破片類を収集する。試料は後ほど研究所に送られ、分析される。

コンスタント・フェニックスは、昨年以来、2度の核実験と30発近くのミサイルの試射を実施してきた北朝鮮との緊張が膨れあがる時期に到着した。

韓国の黄教安(ファン・ギョアン)大統領代行は、北朝鮮がいくつか予定されている行事に関連して、「挑発行為」を実行する可能性があると警告している。

北朝鮮は土曜日(15日)、物故した建国者であり、現在の指導者、金正恩の祖父である金日成の誕生105周年祭を祝うことになっている。この共産主義国家は425日に、朝鮮人民軍の建軍85周年記念日を迎える。5月には、韓国で大統領選挙が実施される。

北朝鮮は先週の米国によるシリアに対するミサイル攻撃に反応して、米国が先制攻撃を企むなら、「破滅的結末」を招くだろうと警告した。

太平洋軍司令部は緊張の高まりを受けて、港湾訪問が予定されていたオーストラリアに向かって航海中の空母カール・ヴィンソン攻撃艦隊に、最近数か月で2度目のこととして、朝鮮半島近海に向けて転進するように命じた。

トランプ大統領の政権は北朝鮮の核兵器開発計画に対して強硬姿勢を採ると表明し、中国に対して、同国の共産主義同盟国を抑制するためのさらなる行動を起こすように呼びかけていた。

中国の習近平主席は今週、トランプに対し、米国とともに半島の非核化のために尽力するが、それを平和的な手段で実現しなければならないと告げた。

沖縄に到着したコンスタント・フェニックスは、3月に英空軍ミルデンホール基地に駐在していたことが同機の尾翼記載の番号からわかる。

空軍当局者らは3月、星条旗新聞に対し、同機が予定通りに通常任務に就いていると告げ、ロシアの核実験を調査しているとのメディアの推測を否定していた。

コンスタント・フェニックスはその後、3月に嘉手納に向けて飛行中にエンジン・トラブルに見舞われ、インドネシアのバンダアチェに緊急着陸した折に所在が明らかになった。インドネシア空軍の広報官が、同機はエンジン4基のうちの1基が故障して、着陸許可を要請したとAP通信に語った。

同広報官は、同機は中部インド洋のディエゴガルシアから米軍人20名を搬送していたとAP通信に語った。故障の原因は明らかになっておらず、着陸による負傷者はいなかった。


【クレジット】

The Stars and Stripes, “Nuke-sniffer aircraft arrives on Okinawa as tensions rise on Korean peninsula” by Matthew M. Burke and Chiyomi Sumida, posted on April 12, 2017 at;




2017年4月7日金曜日

フランス紙リベラシオン「#フクシマ☢惨事――放射能汚染地への帰還強制」






JAPON
フクシマ惨事――
放射能汚染地への帰還強制

リベラシオン日本特派員:アルノー・ヴォレラン 2017331
Par Arnaud Vaulerin,correspondant au Japon — 31 mars 2017 à 20:06

ウィキペディア――
リベラシオン (: Libération, 愛称: Libé) はフランスの日刊紙。ジャン=ポール・サルトルとベニ・レヴィ、セルジュ・ジュリにより、19685月の反体制運動に続いて、1973年パリにて設立された。おおまかには、現在のリベラシオンの編集見解は、中道左派である。

凡例:本稿は原文のフランス語をGoogle翻訳で英語に転換したうえ、日本語に重訳。

福島県富岡町。513日までギャラリー247(パリXVIII)にて写真展『フクシマ立入禁止区域』。Photo Carlos Ayesta et Guillaume Bression. Hans Lucas

フクシマ核惨事から6年たって、日本政府は核発電所周辺の4町村の避難命令を解除した。この撤廃は財政援助を打ち切って、いまだに汚染されている場所への再定住を促しかねない措置である。

外見上では、これは正常化である。日本政府は、20113月の最悪の核危機にさいし、福島第一核発電所周辺の4町村の住民に課せられた避難命令を――331日金曜日に3町村で、41日土曜日に残る1町で――解除した。だが、この決定は無難や純然たる形式性からほど遠く、強制の雰囲気、脅迫の気配さえも醸しだしている。その結果、2011年まで、富岡町、浪江町、飯舘村、川俣町に住んでいた、ざっと32,000人の人びとにとって、疎開費を含め、助成金と財政支援が打ち切られることになる。それに、いまだ放射能汚染レベルが高いままであり、健康不安を招く地域に、彼ら住民が帰還するように促すことになりそうだ。国際放射線防護委員会は年間1ミリシーベルト(mSv)の最大被曝量を勧告しているが、日本政府はこの住民向け閾値を20 mSvに引き上げた。これは放射能作業従事者の限度値である。

圧力

日本の4NGOが安倍晋三政権の選択を非常に深刻だとみなし、数名の国連特別報告者に訴えた。グリーンピース・ジャパン、グリーン・アクション、ヒューマン・ライツ・ナウは217日付け書簡で特別報告者たちに対し、「いまだ人間の居住に適していない地域への強制移住」と思える事態が迫っており、緊急措置を取るように要請した。グリーンピース・ジャパンは避難命令の撤回の前日、330日木曜日に再度、具体的に説明して訴えた。同NGOは、「安倍首相の復興政策による人権侵害は、計算されたものであり、意図的なものです」と書き、賠償金の抜本的な削減によって帰還を強制された住民に対する「圧力」、「誤解を与える情報」、「経済的な強制」を報告した。

問題の核心を査定するためには、福島県の地図を検証すべきである。放射能排出によって汚染された県土は20113月のあと、汚染レベルを考慮して3区分の区域に分類された。外部被曝量が年間20 mSv未満であるA区域では、富岡町、浪江町、飯舘村、川俣町のそれぞれ一部のように、先週末に帰還を許された。B区域では、被曝線量レベルが20ないし50 mSvであり、今回は再定住が可能でなかったが、線量率を下げるために除染作業が実施されている。20113月まで、これら両区域に約55,000人が居住しており、災害以降、一人あたり月額100,000円(837ユーロ)を支給されてきた。日本政府はこの支援金を20183月で打ち切ることになっている。

残りのC区域では、被曝線量が50 mSvより大きく、帰還が不可能でないとしても、中期的には困難である。この区域(双葉町、大熊町の全域、および富岡町、浪江町、葛尾村、南相馬市のそれぞれ一部)には、ざっと23,000人が居住していた。彼らはそれぞれ、施設を管理する電力事業者、東京電力が負担した1450万円(121,000ユーロ)を支給された。「安倍政権は、フクシマ問題の決着を図り、2020年東京オリンピック大会の開催のまえ、2018年までに、核破局事故のページをめくることができるとアピールするために画策しています」と、日本のNGO、ヒューマン・ライツ・ナウのクリストファー・ケイド・モズレー判事はいう。

これは、国が決着と出費削減を急いでいる兆候であり、国はまた、強制避難区域に指定されなかった各地の放射性降下物から逃げることを2011年の春に選んだ27,000人に提供している住宅支援を打ち切る意向である。放射能のために避難を余儀なくされ、関係当局が言い張るような「自主避難者」のレッテル貼りを拒んでいる人びとは、もはや地方自治体当局による仮の支援に頼れなくなる。

松本典子さんも、そのひとりである。彼女は2011年、下痢と出血の症状を抱えた娘を連れて、放射能から逃げるために郡山市を離れた。「日本国は財政支援を打ち切り、汚染された土地に住民が帰還することを余儀なくさせており、犯罪的なふるまいをしています」と、彼女は3月初め、東京の記者会見で語った。東京を拠点にする復興庁の国際広報担当参事官、藤田伸也氏は、「いくつかの集落で、住民がすでに再定住しております。明らかなことに、わたしどもは誰にも帰るように強制しておりません」と述べた。

卵と鶏

役人は、住民と社会に不安をもたらす放射線被曝量の閾値に関してコメントすることに慎重である。日本政府は、国際放射線防護委員会の勧告にもとづく1 mSvを達成することを自己目標に設定した。しかし、政府がこの正常復帰をめざす行動計画を提示するようなことは断じてなかったし、低線量被曝の確認されていない影響、つまり科学界をますます結集させている課題である長期的な慢性放射線被曝について、予防原則を掲げることもなかった。「みなさんは汚染を恐れていますが、わたしどもはみなさんに、たいがいの場合、被曝記録は年間234、あるいは5 mSv程度になると告げています。これは少量ですし、安全です。もちろん、安全だと感じるのは、結局、個人的な問題です」と、藤田参議官は述べた。

藤田真也氏は、住民が帰還すれば、「正常で、以前にも増して豊かで幸せな暮らしを享受できる」と確信している。彼は、水道、ガス供給、電力網、その他の社会基盤を回復する事業を並べてみせた。商業活動を増進するための新しい施設、支援計画を列挙し、「投資を願うビジネスマンにとって、非常に寛大な奨励策および支援になります」という。お話しは時おり、自己暗示流儀になるが、困難を隠すわけではない。この復興庁の高官は、「商業を再発足させなければならず、これは大変な課題です」という。彼は、「卵が先か、鶏が先かという辛い難問」にいつも向き合っていると告白し、「人びとが戻らなければ、商業活動を始められません。店舗がなければ、避難者は帰ってきません。住民は帰還しなければなりません。わたしどもは楽観的であらねばなりません」と述べた。

東北の津波に一掃された沿岸部から放射能汚染された山間部に広がる浪江町では、町役場によれば、今後、590名の住民が帰還しなければならない。これは、2011311日以前に住民登録していた21,434名に比べれば、ほんの一部である。彼らは、目下、12軒ある店で買物をし、町役場で手続きし、診療所に行き、2軒の銀行で金を引き出すことができる。だが、豹(ヒョウ)紋状に拡散したアイソトープのため、探知機がピッピッと鳴り、表示が振れ動く、この町では、町域の80%以上が80 mSvを超える「ホット・スポット」で酷く汚染されており、住民は迷い込まないように用心することになるだろう。「この地域を除染するのに、何年かかるか、わたしたちにはわかりません」と、浪江町役場の除染担当、中野隆幸課長補佐はいう。この仕事熱心なお役人は、現場会合の場であるにもかかわらず、実質的な商業活動の不足、限定的であったり、修理中であったりする社会基盤、放射性元素に対する不安など、住民を安心させる難しさについて、隠し立てするようなことをしない。

高齢者の場合

農民である岡洋子さんは、すぐには浪江町に戻らないつもりだ。彼女の家は数回にわたり除染されたが、B地域にあり、被曝線量レベルが20ないし50 mSvであり、帰宅するのは不可能になっている。「わたしは山から流れおりてくる汚染水を心配しています。わたしたちは米と野菜を生産していましたが、二度とできませんし、売ることもできません。もはや、収穫に喜びはありません。だが、わたしたちが自分の土地を世話しなければ、ほどなく荒れ地になるでしょう。ですから、時おり、わが家の水田を除草し、家周りをきれいにしています」と彼女はいう。だが、岡洋子さんは2人の女の子のことが心配であり、自宅の手入れを拒んでいる。

帰還が実現するにしても、それは基本的に年老いた人びとにかかわることであり、五月雨式におこなわれる。20159月に避難命令が解除された楢葉町では、2011年当時の住民7,400人のうち、201733日時点で818人だけが帰還している。そのうちの圧倒的な多数は、60歳以上である。この町はそれでも、核発電所からの放射性降下物の蓄積が比較的に軽微であり、迅速に除染されている。それなのに、楢葉町復興推進課の猪狩充弘課長は昨年、「ご両親たちは子どもたちの放射線料率を心配しています。みなさんに安心していただくのは、困難です」といった。あまりにも長い時が過ぎた。人びとは別の場所で暮らし方を変えた。一部は帰還し、最終的に去った。猪狩課長は今日、長期的な共同組合事業の起ち上げのために懸命に働き、診療所の開設と「公共社会基盤の修復」を喜んでいる。ある日、正常復帰が実現するにしても、前途は長く、歩みは遅々としているだろう。

【クレジット】

Libération, “Fukushima : un retour forcé en terre irradiée” by Arnaud Vaulerin correspondant au Japon, posted on March 31, 2017 at;

【関連書籍】

アルノー・ヴォレラン(著)神尾 賢二(翻訳)緑風出版 2016/11刊)
ISBN978-4-8461-1620-0 C0036

救助隊の出番は終わった。
今は清掃作業員、除染作業員の出番だ。彼らには顔もなければ言葉もない。彼らは話さないし、何も表現しない。存在していないのと変わらない。もう何週間も前から、友人であり通訳でもある龍介と私は、亡霊と化してしまった地域の奥に潜み、こちらを窺う「目に見えぬ敵」との日々について書くため、この名も無き人たちに会おうとしている……。

本書は、フランスの日刊紙『リベラシオン』の特派員が、福島第一原発事故の除染・廃炉作業に携わる労働者などフクシマの棄民たちから原子力村の面々までを独自の取材とインタビューでまとめた迫真のルポルタージュである。(2016.10